多忙の中の戯言

銀蔓が徒然なるままに送る戯言。TBは記事に関連するもののみ受け付けます。

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旅日記(帰ってから書くのは日記じゃない)

てなわけで、旅行中の話を写真も交えていくつか。

初日
成田からシャルル・ド・ゴール経由でローマのフィウミチーノ空港へ。旅行行程上はパリが一番最後なのに何故か入国した場所がパリと言う不思議(何
ド・ゴール空港で一番目立っていたのはファマスを携えたフランス軍兵士でした(マテ

二日目
ローマに到着した翌日。
早速、事前に申し込んでおいたローマ市内半日観光へ出発。しかし、雨。
ルートとしてはバチカン→コロッセオ→トリビアトレヴィの泉。
手から電撃放ちそうな法王とかアンデルセン神父はいませんでした。
写真はこんな感じ(容量500kb制限あるので若干縮小しています)





そして昼食を取った後にローマ市内を歩き回り、スペイン階段やら何やらへ。
しかしスペイン階段上部のオベリスクは工事中と言う罠。


これこの通り。
ホテルに戻るついでにJCBプラザで市内の情報を収集し、夕食はホテル付近のスーパーで手軽かつ安価に。

三日目
終日フリーで割と好き勝手に動くことに。
テルミニ駅正面の500人広場からアッピア街道方面に向かう観光バスが出ており、それに乗車して市内を観光しつつドミネ・クォ・ヴァディス教会へ。


どう見ても観光客です本当に(ry

ローマ市内へ戻った後にはテルミニ駅からトレヴィの泉方面へ向かい、その近辺にある店でパスタを食してからヴェネツィア広場へと直行。ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂内部を見学し、その後徒歩でバチカン方面へ。
天気が良くないといい絵は撮れません。
ちなみに、


を見ていただければお分かりの通り、スペイン広場と同じくここも工事中でした。
そして、バチカンに到着した頃には日も暮れかけていましたが、それでもサン・ピエトロは押える。


ふはははは!逆光になっちまったぜ!(CV中村大樹
そしてメトロを利用してローマ市内に戻り、とあるレストランで夕食を取ってホテルへと帰還。
ホテルの自販機は金を入れてボタン操作を加えるだけでなく、振動を加える必要がありました。
どうやって揺らしたかは想像にお任せします。

四日目
陸路でフィレンツェへ移動。天候は再び雨。また傘を開けと言うのか貴様。
正直な所、印象が薄い……とはいえ、メディチ家の御膝元ということで、ウフィツィ美術館はなかなか有名な作品があったりしました。世界史勉強した人ならボッティチェリの名前とかは知ってるでしょうが、その辺です。


すごく……大きいです……と言うのは冗談として。
ダビデ像のレプリカです。本物はフィレンツェのアカデミア美術館に移動されているとか。
五日目
陸路でイタリア半島北部を横断し、ヴェネツィア湾沿岸へ。当然ここに車は入れないので船に乗り換えて本島へ。
軽く昼食を取り、サン・マルコ広場やリアルト橋等を堪能。その後赤い方の配管工を3D化した感じのゴンドリエーレが操るゴンドラに乗船。ウンディーネなんてファンタジーですので、ARIA好きでヴェネツィア行ってみたいと思っている人は注意が必要です(その辺の事情を知らない人がいるとは思えませんが)。


後の姫屋である。
ネタではなく、本当にそういう設定だからこう言うしかない。






何はともあれ夢が広がりまくりんぐ。そんな私は晃さんが大好きです(何

六日目
陸路でミラノへと移動。ミラノはWW2で空襲を受けただけあって近代的な建築物が多くあり、ある意味今の日本の都市と最も近い都市かもしれません。




昼間のドゥオーモ。とんがってます。ちなみにこの尖塔1つ1つに聖人が立っており、一番上には聖母マリアがいるそうな。


屋上はこんな感じになります。


夕方になると正面に日が当たるようになり、こんな感じになります。
個人的にはこちらの方が……

番外編


ぬこ。かわええ(*´Д`*)

七日目
ツアーの約3/4がここで日本へ帰国し、残りがパリへと移動。帰国組はミラノでさらに半日観光し、夜の便で日本へ。
こちらは早朝からマルペンサ空港へ向かい、エールフランス機でシャルル・ド・ゴール空港へ。
『翼よ、あれが巴里の灯だ』なんて言葉もあったなぁとも思いますが、どうせあれは脚色なので脳内から速攻で削除。
パリの現地係員の人と合流し、説明を受けた後に自由行動となり、とりあえずノートルダム寺院へ。


世間的にはノートルダム寺院と言うとここですが、実はヨーロッパ各地に同名の寺院があったりします(だからユーゴーの作品は単に“Notre-Dame”と呼ばれず、“Notre-Dame de Paris”となっている)。
それはさておき、ステンドグラス等は流石と言わずには居られません。
カメラ性能が余りにも微妙なものでorz

八日目
あらかじめ申し込んであったルーブル見学ツアーに参加。モナリザやミロのヴィーナス他の超有名所をさらっと流し見る程度でしたが、おそらくこれをじっくり見るとしたら相当な時間とスリのリスクを覚悟する必要があったと思われます。
(ルーブル内のスリは入場料を払っているだけあって意気込みが違うと言われる)
その後昼食を取ることにしたわけですが、何故か行先はラーメン屋。そして注文したのは半チャンラーメン。

パリまで来て俺は何をやっているんだ。

まぁ、器用に音を立てずに麺をすするパリジェンヌやおかみさんの人情に触れるのもまた一興ということでw
ちなみにコース料理の如く、半チャーハンを完食してからしばらくしないとラーメンは来ません。なので、パリでラーメンを食べる時はその辺を考慮するといいでしょう。
その後チュイルリー公園を経由してコンコルド広場、シャンゼリゼ通りを抜けてエトワール凱旋門へ向かい、内部へと突入。


凱旋門というとこれが通常は真っ先に浮かびますし、事実これは凱旋門なのですが、パリには他に複数の凱旋門があります。


これこの通り。後ろにルーブルがありますし、異論は認めません(何
上が世間的に言う所の凱旋門ことエトワール凱旋門、下がそれよりも古いカルーゼル凱旋門で、これがナポレオン的に余りにも小さかったためにエトワールが作られたと言う経緯があったりします。
で、件のナポレオンの墓があるアンヴァリッドにも足を運びました。
長州藩の大砲があったそうですが、確認は出来ていません。

そういえば、シャンゼリゼやアンヴァリッド、オペラ座等でフランスの三色旗に加え、イスラエルの国旗も掲揚されていましたが、かの国のお偉方が来ていたのでしょうか?




夜はフランス料理を美味しく頂いた後に現地で受け付けていたイルミネーションツアーに参加。
エッフェル塔のシャンパンフラッシュなどを収めておきました。

九日目
とりあえずオルセーに行こうと思ってパリ市内へと向かい、ルーブルの辺りからセーヌ川を越えていく。
しかし人大杉で断念。午後が完全フリーなら並んだところでしたが、あいにくこの日が最終日で帰国なので。
そんなわけで空いた時間を使ってパレ・ロワイヤルなどを散策。パレ・ロワイヤルというのはルイ14世が幼少期に溺れて死にかけた場所です。
そしてホテルに戻って全員が合流した後にド・ゴール空港へ向かい、フランス軍兵士に“ご苦労さんです”と一声かけてから一路成田……ではなくミラノのマルペンサへ。
フランス-イタリア間の移動は基本的にアリタリア機でした。そしてアリタリアでJAL機に乗り換え、シベリア上空を経由して成田へと帰還。

こんな感じになります。

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